髙須竜也の頭の中。

「なぜ、100億なんですか」と聞かれることが増えました。

数字だけ見ると、威勢のいい話に聞こえると思います。

でも僕の中では、この数字も、会社を作ったことも、月2回ゴミを拾っていることも、ぜんぶ一本の線でつながってます。

その線の、始まりの話です。

憧れていた人が、憧れられなくなった日

先に書いておきます。

これから、独立する前の話をします。読んでると、たぶん途中で「ひでえ会社だな」って思うかもしれません。

でも、違います。僕はあの会社に、本気で感謝してる。

現場の回し方も、人の預かり方も、全部あそこで教わりました。今の僕があるのは、間違いなくあの会社にいたからです。

で。

それでも辞めた理由の話です。

前の会社に、憧れていた上司がいました。

可愛がってもらいました。「この人みたいになりたい」と本気で思ってて、早く現場所長をやらせてくれと、ずっとアピールしてました。独立なんて1ミリも考えてない。最強のサラリーマンになるつもりでした。

その人が偉くなるにつれて、当たりが厳しくなっていきました。正直に言うと、怖すぎて蕁麻疹が出たこともあります。

決定的だったのは、ある日のことです。

目の前で、ある人の名刺がシュレッダーにかけられました。僕はその人と一緒に動いていました。

そのとき僕が思ったのは、「この人はひどい」じゃなかった。

この人が上にいる限り、自分も同じような人間になる。

これでした。

環境は人を作ります。あの場所に居続けたら、僕もいつか、誰かの名刺をシュレッダーにかける側になる。それが一番こわかった。

だから、他の会社に移るという選択肢は最初からなかった。移った先にも、また誰かがいるでしょ。それなら、自分で作るしかないな、と。

「むしろ良かった」

自宅で妻に言いました。「もう辞めて、自分で会社を作ろうと思う」と。

返ってきたのは、これです。

むしろ良かった。

当時、水曜日と土曜日しか家に帰れてませんでした。だから「少しは家にいる時間が増えるね」と。年収が大きく下がる話には、何も言ってこなかった。

正直、拍子抜けしました。

と同時に、これはもう腹をくくるしかないな、と。

辞めると言ったあとに、火中の栗を拾った

本当は9月に辞めるつもりでした。最後の現場が終わったら、と会社にも伝えていました。

ところが、トラブルがありました。別の現場を、途中から引き受けることになったんです。結果、5か月。最後は所長の代わりに入って、きっちり竣工させてから退職しました。

辞めると言った人間に任せる会社も会社だと思いますが、任された以上は中途半端に置いていけません。

ここを投げ出す人間が、独立して人を雇う。無理でしょ。

創業日が、誕生日になった

有給を消化して、3月21日に退職しました。

社会保険を切らしたくなかったので、翌日に会社を設立しました。事務手続きの都合です。

そうしたら、それがたまたま3月22日で、自分の誕生日でした。

狙ってません。書類を並べたら、そうなっただけ。

でも、そのとき思いました。

この時点で、俺、持ってるな。

なぜ、100億なのか

ここまでが、僕の言葉のぜんぶの起点です。

「高須工房に入ってよかったと言って定年を迎えてほしい」と言ってるのも、理念で「人」を「建物」より先に置いてるのも、採用で総大将としての裁量権を売りにしてるのも、全部あの日から逆算してます。

で。100億の話です。

100億という目標は、支援をするためのお金と時間を確保することです。

金額そのものが目的じゃありません。売上が100億あれば偉い、とも思ってない。

やりたいことがあって、それには原資と時間が要る。逆算したら100億だった。それだけの話です。

何に、還したいのか

チャンスのない子供のこと

先に正直に書いておきます。

僕の子供時代には、これといった原体験がありません。裕福ではなかったけど、大きな不自由なく育ちました。「なぜそこに関心があるんですか」と聞かれても、格好のいい答えを持ってない。

ただ、児童養護施設の子は18歳で施設を出ます。それまでにチャンスを掴めるかというと、なかなか少ない。

チャンスは自分で掴むものだとは思う。でも、掴める人と掴めない人がいるでしょ。差がつくのは、たいてい本人の努力の前の段階です。

だから、その目を潰しちゃいけないと思ってます。

まずはスタディクーポンみたいな形から始めるつもりです。塾や習い事、体験活動に使えるやつ。施設を作るというのは、ずっと先の話。

と、偉そうに書きましたが、まだ何も始めてません。

動物のこと

うちの猫は4匹とも元野良です。

飼いきれない分は、知り合いを探して引き取ってもらう。それを繰り返してます。先日も家に来ていた猫を、地域の保護猫団体に捕獲機を借りて保護して、友人に引き取ってもらいました。

僕は小さい頃から、家に犬猫がいる環境で育ちました。だから、うちは常に動物が周りにいる状態です。

ただ、「活動」と言えるほどのことは、まだ何も。目の前に来た子を、なんとかしてるだけです。

街のこと

月に2回、地域清掃をしています。

言い出したのは妻でした。

自分たちが住んでいる街なのに、こんなに汚いのはありえない。

言われて自分も見るようになると、確かに汚い。

一番多いのはタバコのゴミです。吸う場所がないから車で吸って、そこから捨ててるのかな、と考えてしまう。

あるとき、車で走っていて妻が「あれ、生体が入っているゴミじゃないの」と気づきました。見に行くと、マジックで「オス」と書かれたケージでした。中身はいませんでしたが、干し草とペットシーツが入ったまま。車を止めて、周りにウサギがいないかぐるっと探して、そのケージは車に積んで持ち帰りました。

勝手にやってるわけじゃなくて、「高須家」として藤沢市に届け出て活動しています。登録が2026年3月、活動を始めたのが4月なので、まだ4か月目です。偉そうなことを言える段階じゃない。

子供たちは、正直まだ何とも思ってません。それでいいと思ってます。

今は自分のことだけ一生懸命やってればいい。僕らも自分のこと、一生懸命やってるんで。

いつか大きくなったときに記憶が少しでも残っていて、彼ら彼女らも取り組んでくれたら、町をきれいにする人が3人増えるってことですから。

最後に

冒頭に書いたことを、もう一度だけ。

会社名も、個人名も、出すつもりはありません。恨みで辞めたわけじゃないので。

あの環境がなければ、現場の回し方も、人の預かり方も、僕は何ひとつ知らないままでした。若い頃の僕を可愛がってくれたのも、間違いなくあの人です。

だから今も、前の上司と本部長には、お中元とお歳暮を送ってます。世話になった年数分は送ろうと思ってます。

🥚 隠し要素、みっけ。

ロゴを3回クリックした人だけが、ここに来られます。
暇か! と言いたいところですが、そういう人、嫌いじゃないです。